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植物性屋根

植物性屋根の歴史と現状

植物性屋根の歴史と現状

 

本に古くから伝わる檜皮葺や柿葺、茅葺などの植物性屋根は、日本を代表する立派な建物に長い間使われ続けてきました。それはその造形の優美さや、やわらかさが日本人の心を深く捉えているからにほかなりません。もともと比較的弱いこうした植物性の屋根材を国宝、重要文化財といった最高級の建物にごく普通に使用している国は、世界でも日本だけなのです。日本の風土と相まって先人たちの優れた感性が磨きをかけて造りだした日本独自のすばらしい芸術作品と言えるでしょう。

 

植物性屋根の歴史と現状

 

 

皮葺が本格的に行われるようになるのは飛鳥時代(593~709年)からではないかと思われます。


飛鳥時代の後半に造営された藤原京は、中国の基盤目割り都市制度を取り入れた日本で最初の条坊都市です。

藤原京の造営には多量の木材が使われ、多くの建物が建てられました。その製材過程で多量に排出された派生材としての檜皮を上手に活用しようとして、上級建築にも檜皮で屋根を葺く技法が生まれたようです。そして奈良時代になると宮殿をはじめ貴族住宅や寺院には檜皮葺が多く使われるようになり、平安時代には広く普及していたことが記録や絵画からわかります。

ただ、記録から想像できる当時の檜皮葺というのは、現在私たちが見ているような非常に繊細で優美な感じがするものではなく、檜皮を縄や黒葛などで縫い付けて屋根に葺き、要所には押縁を釘などで打ち付けて留めた、どちらかといえば茅葺屋根に近い意外にザックリとしたラフな質感のものだったと考えられます。

 

 

しかし、鎌倉時代の建物には竹釘を細かく打った痕があることから、おそらく平安時代の職人がなんとか美しい曲線を持った優美な屋根を造りたいといろいろ工夫したなかで竹釘が考え出され、葺き方も細かくなったものと思われます。そして、鎌倉時代には現在の檜皮葺の技法がほぼ確立し、良質な檜皮を送り出す材料の産地化も進んだと考えられます。

 

 

た、柿葺を含む板葺の資料を紐解いていくと、飛鳥時代の皇極二年(643年)に時の皇極天皇が宮殿を造営し、その名前を“飛鳥板蓋(ぶきの)宮”と付けています。


名前の由来は完成した宮殿の屋根がおそらく長板葺、または流し板葺と呼ばれる立派な厚板をならべて屋根を造っていたことからだろうと考えられます。


日本古来の神社建築も仏教建築の影響を大きく受けました。仏教建築は瓦葺で屋根に反りを付けています。瓦葺は野地に粘土を敷き、その上に瓦を一枚ずつ並べていくのですから、どんな曲線でも簡単に描くことができます。

 

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ところが厚板や割り板で屋根を葺く神社建築の場合、どうもうまく曲線を描くことができません。だからといって、柔軟性に富んだ檜皮では経済的に負担が大きくなり過ぎます。

苦心した末に考え付いたのが割り板をへぎ板状に薄くへいで、檜皮と同じような柔軟性を持たせて屋根を葺いていく方法だったようです。同じ板葺でも長大な厚板ではなく、薄く割った枌板を使って葺いたものに限って柿葺と呼びます。実は厚さによって栩葺(厚さ五分~一寸)と柿葺(厚さ五分以下)に分かれ、特に東日本では、室町時代まではほとんどが栩葺であったのですが、江戸時代に入るとその優美さから次第に柿葺が上流建築用として普及してきました。

 

植物性屋根の歴史と現状

 

 

葺屋根は“伝統的な民家”のイメージとして一番に思い描く人が多いのではないでしょうか。

茅葺は原始時代から最も広く用いられてきた屋根工法であり、日本の原風景の重要な形成要素です。

竪穴住居の屋根というと、遺跡などの復元例から茅葺をイメージしがちですが、実際は葺き材は茅に限定されません。木の皮や板を用いた板葺、あるいは土葺もあったと推測されます。遺跡で発掘された弥生時代中期の竪穴住居からは、粗朶を葺いた上に土を盛っていた屋根もあります。

弥生時代後半以降は明らかに草葺と判断される例が多くなります。
なかでも山茅や葭は自然のまま河原や日当たりの良い原野のあちらこちらに自生していて、これを枯れる寸前に刈り取りよく乾燥させて使えば、水を弾く強い屋根材になることを知っていたのです。そしてその茅を葺くためには垂木に縛り付ける膨大な量の藁縄が必要になることから、弥生時代中期以降の米作の普及に伴ない茅葺は全国に発展していったと考えられます。

地域の生活や気候に密着した最も適した屋根造りであったと言えるでしょう。茅葺屋根も古くは葺いたあとを叩いて整える程度の粗野な形であったのを、鋏できれいに刈り込んで屋根面を美しく仕上げるようになりました。

このように植物性の屋根葺技術は、私たちの先祖が努力を重ね、苦労をしながら造り上げてきたものです。日本人の感性が生み出した“用”と“美”を兼ね備えた大きな伝統文化であり、誇るべき文化遺産をみんなが力を合わせて大切に守り、後世に伝えていかなければならないと思います。